世界で一番深い海

 

Q: 世界で一番深い海はどこですか?誰が測ったのですか?

 

A: 世界で一番高い山は、中国とネパール国の国境にある、チョモランマ(エベレスト)8,848mが世界最高峰であることは良く知られています。山は気象条件さえ良ければ眼で視認することができます。しかし、海は海水があり目で見えるのは、良好な条件であっても100m以上は見えません。

 海の深さを測るのに、竹竿(棒)・縄・ワイヤー(ピアノ線)・音響(爆発音・超音波)と時代と共に発達して来ました。

 

 ――満州海淵――

 世界の最深の海を語るとき、まず日本水路部の測量艦「満州」が大正14年 (1925年 )10月3日、マリアナ海溝中の11°13.8′N.,142°09.3′E.(世界測地系,WGS-84)[11°13.5′N.,142°09.5′E.(日本測地系)]の位置で9,814.6mの錘測に成功したことが発端です。 この付近の海が世界で一番深い海であることが判ったのです。この時の測量方法はピアノ線で測っていますが、採泥には失敗しました。 しかし、この測量成果は、米国の National Geographic Soc. 社が発行した世界地図 "Nat. Geogr. Magazine"(1951年12月号)に、「満州海淵」と命名されています。 これは、その後のチャレンジャー8世号による一万メートルより深い所が発見され、チャレンジャー海淵と命名されるまでの短命な名称でした。 もし、測量艦「満州」が更に付近の測量を行っていたら、北北東方約9海里の最深場所を発見し、世界最深部発見の名誉は「満州」に帰したかも知れません、残念でした。

 ――チャレンジャー海淵――

 チャレンジャー8世号(英国)は、1951年6月マリアナ海溝の地震探深を行っていました。 同14日11°21′N.,142°15′E.の位置で火薬の爆発による可聴音波を利用して5,940ファザム(10,863.2m)を観測(その時代には、未だ海中の音速度の補正をしていませんでした)し、その日の夕方、ピアノ線を使用して検測を行いました。 ピアノ線の先端には140ポンド(約64kg)の錘を付け約1時間半で海底に達し、そのショックによって熟練した測量手により、爆発音による音響測深結果が正しいと確認されました。 しかし、チャレンジャー8世号も「満州」同様に底質を採取する事が出来ませんでした。

 同8世号は、その後日本に寄港し、補給等を行い広島県の呉港から出港し、再びマリアナ海溝の調査に向かいました。 1951年10月マリアナ海溝を数回横切って検測を行い、上記の水深10,863mを確認(この時の位置が11°21′N.,142°15′E.と前回6月の位置と違っているが詳細は不明)するとともに、 その最深部の幅が、0.5海里、長さ20海里のV字形側壁をもった谷を成している事を発見しました。 さらに、海溝側壁の5,744ファザム(10,504m)の深さで底質「赤粘土」を採集しています。これは画期的な事でした。

 ビチャーシ号(ロシア)は、1957年8月、上記チャレンジャー8世号が発見した最深部の西方約4劼如⊃祐屬猟芦擦砲茲覯散疎深(周波数10kHz)を使用して11,034mの深所を発見しました。 ビチャーシ号の測深は、測得水深10,600mに付近で10,200mまでの海洋観測を行い、補正値+434mを加えて水深11,034mを算出しました。 この水深は、チャレンジャー海淵の最深部として、世界最深部となりました。

 その後に米国が数回の調査をしましたが、その周辺には10,850m〜10,933mの水深が最も深い水深で、それ以上深い水深は見つかりませんでした。 因みに米国が測量した水深は次のとおりです。

 1959年7月ストレンジャー号      10,850m
        11°18.9′N.,142°10.9′E. (世界測地系,WGS-84)
        [11°18.6′N.,142°11.1′E. (日本測地系)]

 1960年1月潜水船トリエステ号     10,910m
        11°18.6′N.,142°15.2′E. (世界測地系,WGS-84)
        [11°18.3′N.,142°15.4′E. (日本測地系)]

 1976年5月トーマス・ワシントン号   10,933m 
        11°20.3′N.,142°10.1′E. (世界測地系,WGS-84)
        [11°20.0′N.,142°10.3′E. (日本測地系)]

以上の米国の調査・測量により、ビチャーシ号の測定した水深値に疑問が出てきました。

 

 ――測量船「拓洋」の測量――

 測量船「拓洋」は1983年8月就役し、ナローマルチビーム測深機で商品名「シービーム」と言う音響測深機を搭載しました。 この測深機は米国のゼネラル・インスツルメント社が開発したもので、1回の超音波の送信で船の直下の水深だけでなく、船の右下方から左下方まで計16個の水深がデジタル値として磁気テープに記録されるとともに、 船上で即座に水深の約80%の幅まで等深線図が描けることができる装置です。 さらに、CTDと言う米国のニールブラウン社の測定器で、停船して水中センサー部を信号ケーブルで水深6,000mまで降ろすことができ、C(電気伝導度)・T(水温)・D(深度)及びDO(溶存酸素)を連続的して観測出来ます。 計測データは信号ケーブルによりパソコンと接続され磁気テープに記録されるとともに、塩分・音波伝播速度及び海水密度が計算されます。 船位の決定には、米国のマグナボックス社の複合測位装置を搭載しました。 同装置は、衛星測位装置、ロランC、ドップラーソナー、ジャイロ等の位置情報・速度情報を有機的に結合し、常時高精度の船位を測定出来る装置です。

 1984年2月測量船「拓洋」は、IOC(ユネスコ政府間海洋学委員会)の国際共同観測計画の一つであるWESTPAC(西太平洋海域共同調査)の一環で毎年冬季に実施している海洋観測に合わせて、いろいろと論議の多いチャレンジャー海淵の世界最深部の水深を、上記観測機器を駆使して、同海溝の地形を把握することとなりました。

 その結果、同海溝の東部・西部・中部の3カ所に次の水深を観測しました。

 東部の最深部  10,924m(±10m)
        11°22.7′N.,142°35.3′E. (世界測地系,WGS-84)
        [11°22.4′N.,142°35.5′E. (日本測地系)]

 西部の最深部  10,909m(±10m)
        11°20.5′N.,142°12.6′E. (世界測地系,WGS-84)
        [11°20.2′N.,142°12.8′E. (日本測地系)]

 中部の最深部  10,901m(±10m)
        11°21.9′N.,142°26.5′E. (世界測地系,WGS-84)
        [11°21.6′N.,142°26.7′E. (日本測地系)]

 

 ――世界の海の最深部の決着――

 ロシアのビチャーシ号の11,034m(1957年)は測定方法に疑義が有りながら長期に亘って採用されてきましたが、米国のスクリップス海洋研究所所属のトーマス・ワシントン号の10,915m(1980年) 及び海上保安庁海洋情報部所属の拓洋の10,924m(1984年)の両船がそれぞれシービームを用いて測量した結果、 GEBCO(大洋水深総図)事務局は、IHO(国際水路機関)−IOC GEBCO合同指導委員会のメンバーで世界の海溝研究の権威である米国スクリップス海洋研究所R.Fisher博士のもとで、トーマス・ワシントン号と拓洋の測量原資料等を検討して、水深10,920m±10mが妥当であるとの結論に達した。この意見を基に、1992年4月英国で開催された第8回GEBCOオフィサー会議で報告・了承されました。

 1993年5月米国で開催された第14回IOCーIHO GEBCO合同指導者委員会でも報告・再確認され、チャレンジャー海淵の最深部の水深値は10,920m±10mと確定されました。

 

引用文献:水路要報28号、広報資料等