「瀬戸内海の湾について」(その2 来島海峡〜紀伊水道)

 海洋の地形の中で、陸地に入り込んだ水面を「湾」と呼んでおり、瀬戸内海には、○○湾と呼ばれるものが 52か所もあります。今回は、この瀬戸内海にある「湾」のうち東部の来島海峡〜紀伊水道までの間にある 海図に記載されている27か所の名称・読み・場所・位置等について一覧表にしました。

 (注)海洋法条約では、「湾とは、奥行が湾口の幅の対比において十分深いため、陸地に囲まれた水域を 含み、単なる海岸のわん曲以上のものを構成する明白な湾入をいう。ただし、湾入は、その面積が湾口を 横切って引いた線を直径とする半円の面積以上のものでない限り湾とみなされない。」となっていますが、 海図に記載されている湾は必ずしもこれに該当するものとは限りません。

名称(読み) 場  所 位置(北緯 東経) 海図最大縮尺図
池田湾(いけだ) 小豆島南部 34°28′134°13′W 137A
伊津湾(いつ) 姫路港西方 34°47′134°32′W1113
馬篠湾(うましの) 播磨灘西部 34°17′134°18′W 137A
大阪湾(おおさか) 淡路島東方 34°30′135°10′W 150A
大部湾(おおべ) 小豆島北部 34°33′134°18′W1114
小田湾(おだ) 備讃瀬戸東口 34°21′134°14′W 137A
鴨庄湾(かもしょう) 備讃瀬戸東部 34°21′134°12′W 137A
錦海湾(きんかい) 牛窓港北東方 34°38′134°11′W1114
坂手湾(さかて) 小豆島南部 34°26′134°19′W 137A
坂越湾(さこし) 相生港南西方 34°45′134°27′W 111
志度湾(しど) 備讃瀬戸東部 34°22′134°11′W 137A
水門湾(すいもん) 岡山水道東口 34°36′134°03′W 155
亀水湾(たるみ) 小槌島南東方 34°22′134°57′W 137A
津倉湾(つくら) 大島西部 34°10′133°02′W 104
津田湾(つだ) 播磨灘西部 34°18′134°16′W 137A
比井湾(ひい) 紀伊水道南東部 33°55′135°04′W 97
引田湾(ひけた) 播磨灘南部 34°13′134°26′W 106
日出湾(ひゅうで) 播磨灘南部 34°13′134°34′W 106
福田湾(ふくだ) 小豆島北東部 34°33′134°22′W1114
松永湾(まつなが) 尾道糸崎港東部 34°25′133°15′W 114
三庄湾(みつのしょう) 因島東部 34°18′133°12′W 102
三原湾(みはら) 尾道糸崎港 34°23′133°06′W1117
虫明湾(むしあげ) 片上港南方 34°41′134°14′W1115
室津湾(むろつ) 播磨灘北部 34°46′134°30′W1113
屋島湾(やしま) 備讃瀬戸東部 34°23′134°07′W 137A
湯浅湾(ゆあさ) 紀伊水道東部 34°02′135°06′W 150C
和歌浦湾(わかうら) 和歌山下津港 34°10′135°10′W1145

地名の変遷  :「吉備穴海(きびのあなうみ)」==>「児島湾」==>「児島湖」
 岡山県南部にある「児島湖」は干拓・埋め立てなど地形の変化とともに、地名も変遷をたどってきました。 古代にはこの一帯は広大な浅い海で「吉備穴海」と呼ばれ、現在の児島半島は島でした。 17世紀初頭に河川の堆積作用や干拓が進み、児島が陸続きの半島となり、「吉備穴海」は「児島湾」と呼ばれるようになり、 さらにその後昭和34年には児島湾締切り堤防が完成し「児島湾」は淡水湖となり現在の「児島湖」と呼ばれるようになりました。
平成7年(1995年)の児島湾