初代水路局長・部長:柳 楢悦

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草創期の海図

 柳楢悦は、1869年(明治2年)明治政府に迎えられ、翌年「海軍の創立はまず航海・測量を基礎とする」という意見を時の兵部卿仁和寺宮嘉彰親王に建言しました。
 日本沿岸諸港の測量が急務とされていた社会情勢の中で、柳は的矢・尾鷲、塩飽諸島、北海道・東北等々の港湾の測量を精力的に実施し、それらの港の海図を次々と刊行するなど数えきれない程の実績を築きあげました。その一部をここで紹介します。


水路局柳楢悦の実績

「塩飽諸島実測図」作成

 柳らは、1870年(明治3年)から、英国測量艦シルビア号艦長及び測量士官から水路測量技術を学び、器材の援助を得て、塩飽諸島の測量を行い、「鹽飽諸島實測原圖」を完成させました。このことによって、英艦の艦長兼測量指揮官であったセント・ジョンをして「もはや他の助力を要せずして水路業務を実施することができる」と報告させるまでになりました。
※「鹽飽諸島實測原圖」最初の水路測量原図として我が国水路業務史上特筆されるものでしたが1872年(明治5年)4月の大火で、焼痕だらけのものとなり、さらに1923年(大正12年)の関東大震災で失われました。

「量地活用」「春日記行」執筆

 柳楢悦は1871年(明治4年)に測量の大綱と呼ばれる「量地括要」を著わし、部下を教育する際の教科書として活用しました。さらに同年の北海道沿岸の水路測量で見聞した水路や風土事情を収めた水路誌の原典と呼ばれる4巻からなる「春日記行」を執筆し、これを天皇に献上しました。
 1873年(明治6年)、「春日記行」を基にして我が国初の水路誌「北海道水路誌」が刊行されました。
 ※水路誌とは海洋の諸現象、航路の状況、沿岸地形や著物標、港湾施設、針路法などを詳しく記述した航海の案内書。

量地括要量地括要
国立公文書館所蔵
春日記行春日記行
北海道立文書館所蔵
北海道水路誌北海道水路誌
北海道立図書館所蔵

我が国初の海図「釜石港」刊行

 「春日」の艦長となった柳は、北海道、東北沿岸の測量を実施しました。この測量にはシルビア号も同行しましたが、測量は独自に行い、その成果の一つとして1872年(明治5年)日本で最初の海図「陸中國釜石港之圖」を刊行しました。

春日春日
シルビア号シルビア号
陸中國釜石港之圖陸中國釜石港之圖

観象業務

 観象(気象・天文観測)業務は柳楢悦が水路業務の一環として、その必要性を力説した業務で、以下の功績が顕著です。
 ・築地(旗山)で経緯度の測定
 ・磁針偏差測定
 ・麻布飯倉に海軍観象台構築。天文観測業務を開始
 ・東京・横浜・神戸・長崎において金星太陽面通過観測に参加
 ・長崎・東京間の経度差測定
 ・日本人として初めて欧米諸国の天文台を視察

その他の業績

 ・品川における験潮の開始(水路寮で実施した始めての験潮)
 ・海里法の制定
 ・東京湾内の測量(明治5年7月~6年11月)
 ・本格的な全国沿岸測量の開始