海保と私、ボディビル
H27入庁(2年目)
専攻:生命工学
採用区分:工学
年度末に初任部署が組織再編の波にのまれ、一抹の寂しさを感じながらこの原稿を書いております。
さて、この際なにを書いてもよいということですので、私が当庁に任官してから初年度を終了するまでの浅い経験をベースに、
随所で紹介されるような「次世代海上交通システムの構築」等といった抽象的な”大きな仕事”を推し進めていくための日々の細かい業務についてつらつらと書いていこうと思います。
初年度に配属された安全システム開発室は、交通部における先進的な技術開発を企画立案するとともに、時には庁内の試験研究部門である海上保安試験研究センターと協調して自分たちの手により試作を行うような部署でした。
とはいえ、日頃の業務の多くは業者に発注した技術開発案件のハンドリングや内部通達の制定といった一見地味?な仕事であり、または航路標識関係の国際会議における交通部の対処方針を策定するような行政的な仕事でした。
ひとくちに技術開発案件のハンドリングとくくることは簡単ですが、その遂行には高度な技術的知見が求められます。
技術開発案件を開始するためには行うべき業務の内容を仕様書に落とし込む必要がありますが、これはざっくりといえば「今年度に解決を求められている課題」と「今年度の技術水準(と予算)で遂行できる業務」をマッチングさせるという作業になります。
すなわち、前年度までに行われた技術開発の内容を理解し、政策的な流れの中で今年度の業務を位置づけ、そしてそのための技術的な選択肢を検討していきます。
同時に、不定期に飛来する政策文書の意見照会に対して、的確な意見を付していく必要もあります。
これら一連の流れの前提は、まさしく技術の限界を知るということであり、その知見が我々の武器となり、あるいは防具となっていくわけです。
この知見があるからこそ、国民の血税を無駄にしないよう適正な予定価格(たまに漏洩されて逮捕者が出るアレです)を積算したり、あるいは業務の方向修正を適切にかけたりすることができます。
理数系の学生として日々当たり前のように使っていた統計モデルやIPネットワークの知識が、ひいては国益を増進するための原動力となる―ありきたりな表現をすれば、超エキサイティングといったところではないでしょうか。
内部通達の制定という事務作業も、開発した技術を実用するための重要なステップです。
業者に技術開発を実施させて報告書を提出させるだけでは、真に投入した税金を活用したことにはなりません。
開発した技術を実用するためには、実機を投入するといった物質的な手段はもちろん、たとえば次の技術開発につなげたり、あるいは内部通達として庁内で活用したりするといった手段が採られます。
しかし、本庁で通達を制定する私には当然現場での運用経験がないため、ただ技術を内部通達に落とし込むだけでは現場の運用を破壊し、極端な場合、内部通達そのものを空文化させるおそれがあります。
この「現場の運用」というものを理解するためには、メールや電話による連絡は当然のことながら、出張して直接顔を合わせることがのちのち重要となります。
出張により現場という空間を視覚的にとらえることはいかなる文献よりも饒舌ですし、現場の職員との間でも、一度顔を合わせた仲間同士として細々としたことまで相談という形で情報共有できる関係を築くことができます(余談ですが、現場出張の際には当然、頻繁に船に乗ります。
東京湾のブイ交換に立ち会った際には、海域ごとの特色ある生物相(ムール貝だけはどこにでもいますが…)にまず驚きました。
快適そうなクルーズ船の往来する松島を、井の頭公園のレンタルボートに船外機をつけたような程度の船で、真夏の陽光を間近に反射する海面に目を細めながら滑走したのもまた思い出の一幕です。
また、出張先では様々な人々の会話があり、普段本庁にいるだけでは知ることのできない余談を聞くこともひとつの目的です。)。
もちろん、本庁の先輩方にも現場経験の長い方が多く、不明点も体系立てて質問していくうちに自ずと理解できるようになります。
ここで重要なのは、現在の運用が立脚している現在の通達を制定経緯から理解することです。
私が廃止制定方式で改正した2本の通達は実に30年モノでしたが、参照した中には戦後の黎明期に制定された縦手書きの達筆な通達もあり、先輩方の遺された血と汗と涙とカビのほのかな香りに包まれて連綿とした灯台史に思いを馳せながらする作業でした。
ともあれ、こうして理解した運用に技術を織り交ぜて、厳格な法令用語に沿って練り上げていけば、次の時代に向けた通達案が完成するというわけです。
こうして起案した通達案はさながら我が子のようで、決裁の過程で文言がさらにシェイプアップされていく我が子をみると、だんだんと楽しい気分になってきます。
ここまでは比較的よくある行政官の仕事を紹介しましたが、少しそれとは離れた現業的な仕事についても紹介します。
詳細は後述しますが、工学区分での私の専門科目は情報工学であり、趣味でもUNIX系OSに触れていました。
この経験をもとに、部内各所よりの依頼を受け蓄積されたデータを統計的に解析するサブ業務を持っていたことがあります。
また、大型灯台に向けた新たな光源を開発するため、マイコンのプログラムを書いてVVCFインバータを試作したり、あるいはレンズに入射する光について図面を引いて計算したりといった業務も経験しました。
これらの業務に欠かせなかったと思えることは、ひとつに各々の専門分野を重ね合わせてシナジーを生み出せるような知己を得ることであり、ふたつに随所に眠る資料を漁って読みふけることです。
前者については、海上保安試験研究センターという試験研究部門がある中で幸いにも師と仰げるような知己を得ることができ、自分が苦手とする分野について様々な助言を得ることができました。
後者については、庁内さまざまに眠っている歴史的な資料を見つけ出し、時には当時の担当者であった上役の思い出話を手がかりに読み解いていくことで、現存する設備を理解することができました。
決して受け身の姿勢で甘んじることなく積極的に物事に興味をもって吸収していくことは何事についても肝要ですが、こと私の業務分野ではきわめて重要な意味を持っていたと感じています。
さて、この機に私が海保を志望した経緯を思い出してみます。
実は、私は大学では生命工学を専攻しておりました。
毎日を細胞と過ごす日々もそれは楽しいものでしたが、当時趣味としていた情報工学に多大なエネルギーをつぎ込んだ結果、ふと受験した国家公務員採用総合職試験では工学区分で合格することとなりました。
その後はよくある流れのとおりであり、私が官庁訪問をした頃はまだ梅雨の終わり頃の季節でしたが、雨の中をスーツで練り歩いたことを懐かしく思います。
合格した専門科目である情報工学が趣味始まりであったこともあり、当初から(無謀にも)「技術を即物的に活かすことのできる職場」を探していた私は、海保交通部の業務説明を受けて入庁を堅く志望するに至りました。
その後は入庁当初より前述のような技術を振り回す機会に恵まれ、本当に楽しい職場に巡り会えたものだと実感しています。
そういえば、皆さんにとっての海保のイメージとはどのようなものでしょうか。
やはり力強いマッチョのイメージが多いものと思います。
本稿のタイトルに「ボディビル」とありますとおり、私も楽しい先輩方と肉と炭水化物に囲まれて日々横に大きく成長する日々を送っています。
マッチョのイメージをビジュアルで粉砕する、そんな愉快な仲間にあなたも加わってみませんか?
※本記事はH28年度時点のものです。