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GNSS-A(海底GNSS,注5)と呼ばれる海底地殻変動観測技術によって,2011年東北地方太平洋沖地震後の余効変動を10年にわたり観測した結果, 福島県沖の海溝近傍で地震時すべりが生じたこと,及び地震時の破壊領域の南北縁に余効すべり域が存在することが示されました. 2014年に当庁が提出した成果(注6)では,地震時に特に大きく断層がすべった宮城県沖の領域(大すべり域)の海底観測点で, 沿岸域とは正反対の,西向き・沈降の地殻変動を捉えたことを報告しました. この西向き・沈降の海底地殻変動は,大すべり域の余効変動のソースとして粘弾性緩和が支配的であることの決定的な証拠となりました. 今回の研究では,その後の推移も含めて,より長期間のGNSS-Aデータを解析し,大すべり域の南北(岩手県沖・福島県沖)の領域で生じた余効変動の様子を明らかにしました. 大すべり域に接する南北の領域では顕著な余効すべりが生じていましたが,それらは地震後2-3年程度で大きく減衰し,その後は,引き続き粘弾性緩和の影響を受けています. また,福島県沖の観測点では,余効すべりが減衰した後も海底が大きく沈降し続けていることがわかり, こうした結果から,地震時に福島県沖の海溝近くで大きなすべりが生じていたことが示唆されました. 今回はじめて測地学的観測によって得られた地震時すべりの特徴は津波のデータとも整合的であり,地震後プロセスの推移を研究するうえでとても重要なデータとなります. 今後も継続的に海底地殻変動を監視することで,日本海溝(注7)沿いの地震サイクルに伴う現象の解明に貢献することが期待されます.
雑誌名: Earth, Planets and Space
論文名: Co- and postseismic slip behaviors extracted from decadal seafloor geodesy after the 2011 Tohoku-oki earthquake
著者名: Shun-ichi Watanabe, Tadashi Ishikawa, Yuto Nakamura, and Yusuke Yokota
リンク: doi:10.1186/s40623-021-01487-0
掲載日: 2021年8月12日
GNSS-音響測距結合方式による海底地殻変動観測(以下,GNSS-A観測;図1)は,2011年東北地方太平洋沖地震による20 mを超える巨大な地殻変動,
南海トラフ沿いの固着状態やゆっくりすべりの検出といった地震学の歴史上で観測されたことのない海底現象の検出に成功してきました.
これは,海底の地殻変動量をセンチメートルレベルで検出する能力の開発が達成されたためです.
こうしたGNSS-A観測の技術により,海域で発生した東北地方太平洋沖地震の地震時及び地震後の地殻変動の詳細を明らかにすることができます.
大きな地震の後には,地震によって地下に生じた力をゆっくりと緩和させる余効変動というプロセスが生じます(図2).
数年単位で続く余効変動は,大きく余効すべり(図2の②-A)と粘弾性緩和(図2の②-B)という二つの現象が原因となって生じます.
海上保安庁では,すでに2014年までのデータを用いて,特に地震時に極めて大きくすべった宮城県沖の領域(大すべり域)において,
海底が陸域と逆向きの地殻変動が生じていることを世界ではじめて発見し,粘弾性緩和による影響が特に顕著であることを示しました.
他方で,東北地方太平洋沖地震では大すべり域が比較的小さな領域に集中していると同時に,
津波の波源は南北に広がっていたことが指摘されており(図3b橙色長方形領域),
南北の外側の領域でどのようなすべりが生じていたかについて,強い証拠を提供できる測地学的なデータの取得が求められていました.
しかし,海溝近くの海底地殻変動観測点が地震発生時に十分そろっていなかったことから,地震時地殻変動からはすべりを十分に推定できませんでした(図3b橙色等値線).
一方,一般的に地震後の地殻変動は,地震時すべりによって駆動されるので,地震後の地殻変動を詳細に調べることでも地震時の挙動を推測することができます.
そこで,海上保安庁海洋情報部及び東京大学生産技術研究所による研究グループは,地震後地殻変動の推移を詳細に調べることで地震時も含めたすべり挙動の情報を得るべく,
GNSS-A観測技術の頻度・精度を引き上げて観測感度を高めつつ,観測を継続してきました.
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今回,より観測精度・観測頻度を高めたGNSS-A観測を,地震直後から10年間の長期にわたって実施したことによって,
東北地方太平洋沖地震以後の海底地殻変動の推移を詳細に捉えることに成功しました(図3).
まず,大すべり域北側の岩手県沖では,大すべり域内外に設置した2つの観測点で異なる地殻変動が見られました.
大すべり域内の観測点(KAMS)は,地震直後から宮城県沖の観測点(MYGI)と同様に粘弾性緩和による西向きの動きを示したのに対し,
大すべり域の北端にある観測点(KAMN)は,2014年頃までほぼ動いていませんでした.
このことは,粘弾性緩和による西向きの動きを打ち消す東向きの地殻変動ソース,すなわち余効すべり,が大すべり域の北側に生じていたことを示します.
2014年以降は両観測点の動きがほぼ一致するようになったので,この余効すべりは地震後3年程度で減衰したとみられます.
次に,大すべり域南側の福島県沖の観測点(FUKU)では,地震後2-3年程度まで急激な東向き・沈降の地殻変動が見られました.
このうち,東向きの動きは2014年以降かなり小さくなりましたが,沈降については,速度は小さくなったものの,2020年も継続しています.
このように減衰の時間スケールが異なることから,沈降と東向きの地殻変動は異なるソースを持つことが示唆されます.
観測で得られた,顕著な水平地殻変動を起こさずに持続的に沈降するという動きが可能なソースは粘弾性緩和しかなく,
それを実現にするには,観測点よりも海溝側に地震時のすべりが集中している必要があります.
したがって,福島県沖の海溝近くは地震時に大きくすべっており,津波を励起していたと推測されます.
この結果は津波のデータ(図3b橙色長方形領域)とも整合的であり,海溝近くのすべりの存在を強く支持する結果となります.
今回得られた結果は,地震後の地殻変動や地震サイクルの研究において重要な情報となります.
特に,地震時に福島県沖の海溝付近ですべりが生じたことが測地学的に支持され,明示的に数値モデルに取り入れることができるようになったことで,
今後の地殻変動や地下での力のかかり方の推移について,より正確に計算できるようになると期待されます.
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GNSS-A観測によって,地震時に捉えられなかったものも含めて,地震時・地震後のすべり挙動を推測できましたが,
津波等を含めたすべてのデータを統一的に説明できるモデルはまだ考案されていません.
それだけでなく,今回の観測点よりさらに北側にある過去の地震の震源域(図3a青色等値線)への影響や,
さらに別のプレートの作用も考慮する必要のある南方の領域での地殻変動を調べるには,データの空間分布が十分でありません.
今後は,こうした隣接領域も含めた日本海溝全体の,東北地方太平洋沖地震後の挙動を理解するために,継続的な観測と,観測点カバレッジの増強が望まれます.
また,今回得られた結果は,日本海溝の地震のみならず,そのほかの沈み込み帯の地震への示唆にもなります.
大すべり域以外でも海溝軸近くで大きなすべりが起きる可能性を知り,他の地域でそれを調べることは,今後の防災上極めて重要です.
さらに,現在もまだ継続している粘弾性緩和の推移を監視しつづけることで,粘弾性的な地球内部の性質も含めた地震サイクルの理解に向けての,貴重な情報を提供することも期待されます.